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判例紹介

【騒音】小田急線騒音差止・損害賠償請求訴訟第1審判決(2)(東京地判平成22.8.31)

東京地方裁判所平成22年8月31日判決(判例タイムズ1333号49頁)

前回の(1)の続きです。

[検討]
1 受忍限度の適用される要件
 本判決は、差止請求の可否に関して、受忍限度の問題について次のように述べています。

「・・・小田急小田原線の鉄道騒音によって原告らに生じている被害は、会話妨害、テレビ視聴の妨害、読書の妨害、睡眠妨害とこれらに伴う精神的苦痛、さらに、騒音に暴露されることから直接生じる精神的苦痛である。これらの被害は、原告らがその住居等において人間であるにふさわしい生活を営む上で不可欠な活動を阻害するものであって、原告らの人格的な利益を損なうものであると評価することができる。したがって、原告らは、これらの利益侵害を理由として、一定の騒音レベル以上の騒音が及ばないようにすることを請求する余地があるというべきである。
 しかし、これらの利益侵害は、生命や身体の侵害のように、ほかの利益に絶対的に優越する権利又は利益の侵害ではない一方、侵害行為である鉄道事業は、鉄道事業法でも許容されている行為であって、社会的に有用な行為であるから、上記被害があることをもって直ちに人格権に基づく差止請求が認められるものではなく、このような請求が認められるためには、侵害行為の態様、侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の諸般の事情を総合的に考察して、被害が一般社会生活上受忍すべき程度を超えるものと認められることを要するというべきである。 」

 この文章は、特に問題はないように思えるかもしれませんが、次の2点で問題があります。

1)「社会的に有用な行為であるから」すなわち被告小田急の行為(鉄道事業)に公共性があるから、受忍限度論が適用されると言っているように読めます。これは裏返せば、公共性がない行為については受忍限度論は適用されない(従って、被害があれば直ちに人格権に基づく差止請求が認められる)ようにも読めます。

 しかし、受忍限度論は、騒音を発生させている行為に公共性がある場合に限って適用されるものではありません。公共性の有無は、受忍限度の判断にあたって考慮される重要な事項ではありますが、公共性がないと受忍限度論は適用されないというものではないのです。

2) 生命や身体の侵害があれば受忍限度論が適用されない(つまり、生命や身体の侵害があれば直ちに違法性が認められる)と言っているように読めますが、これも従来の裁判例の傾向とは異なります(この問題については、「Q&A」の「【騒音・低周波音・振動・悪臭】騒音によって病気になった場合にも受忍限度論は適用されるのですか?」を御参照ください)。

2 一人1か月あたりの損害賠償額
 本判決は、各原告につき、1か月あたりの損害賠償額を原則として3000円としました。

 近年の鉄道騒音に関する損害賠償請求訴訟の事例をみると、東京高判平成14・6・4判例時報1794号48頁(京成電鉄の電車の騒音・振動による被害に対する慰謝料請求事件。騒音・低周波音・振動の紛争解決ガイドブックの[参考45]事件)では一人1月あたり1000円、鹿児島地判平成19・4・25判例時報1972号126頁(九州新幹線による日照阻害、騒音被害、所有する土地の地価の下落の被害に対する損害賠償請求事件。騒音・低周波音・振動の紛争解決ガイドブックの[参考48]事件])における騒音被害に対する慰謝料は一人1月あたり4000円が認められています。これらの判決と本判決からすると、損害賠償が認められる場合の損害額についての裁判所の基準は(もちろん具体的な事案の内容によって異なるものですが)一人1月あたり数千円程度であると言えます。

3 差止請求と損害賠償請求の関係
 本判決が差止請求と損害賠償請求の関係について述べた部分で引用した最判平成7.7.7は、国道43号・阪神高速道路騒音排気ガス規制等請求事件の上告審判決(騒音・低周波音・振動の紛争解決ガイドブックの[参考63]事件)です。

 この最高裁判決は、本判決で引用されている通り、「差止請求と損害賠償請求では、違法性の判断において考慮すべき要素はほぼ共通するが、各要素の重要性をどの程度のものとして考慮するかについては相違があるから、違法性の有無の判断に差異が生じることがあっても不合理ではない」
という趣旨を述べましたが、この判示については、違法性段階説(損害賠償請求よりも差止請求のほうが、それが認められるための要件が厳格であるという考え方)を認めたものという解釈と、違法性段階説ではなく、違法性の判断要素の重要性が異なるという趣旨であるという解釈とがあります。

 この問題については、私は、後者(違法性段階説ではなく、違法性の判断要素の重要性が異なるという趣旨であるという解釈)のほうが最高裁判決の文言に忠実な解釈であって妥当であると考えています(私は、騒音・低周波音・振動の紛争解決ガイドブックの196~198頁では自分の考えを述べていませんが、今は上記のように考えています)。

 両説の違いは、違法性段階説によれば、「差止請求は認められるが損害賠償請求は認められない」ということはあり得ない(「損害賠償請求は認められるが差止請求は認められない」ということしかあり得ない)のに対して、違法性段階説ではなく、違法性の判断要素の重要性が異なるという趣旨であるという解釈によれば、「損害賠償請求は認められるが差止請求は認められる」ということも、「差止請求は認められるが損害賠償請求は認められない」ということも両方あり得るという点です。もっとも、「差止請求は認められるが損害賠償請求は認められない」と解すべきような場合が実際上あり得るのかという点は疑問ですので、両説に実際問題として相違があるのかは一つの問題ですが、理論上は上記のような相違点があると解されます。

4 危険への接近
(1)危険への接近論とは、一言でいえば、「騒音が発生しているところに被害者のほうがあとから来た場合には、損害賠償請求権が認められなかったり、損害賠償額が減額されたりすることがあり得る」という法理です。 判例上、騒音等の公害訴訟において、このような危険への接近論が適用されることは一般論としては確立していますが、実際にどのような要件が満たされていれば適用されるのかについては、必ずしも基準が明確に確立されているわけではありません。

(2)この判決は、「小田急小田原線の公共性も考慮すると」と述べており、この部分からすると、危険への接近論は問題になっている騒音の発生源に公共性がある場合(本件のような鉄道騒音のほか、道路騒音や飛行場の騒音が典型例です)に限って適用され、公共性のない近隣騒音の事例においてはこの法理が適用されないようにも読めます。

 従来の判例上、近隣騒音の事例では危険への接近論が適用されないという解釈が確立しているわけではありませんが、近隣騒音の事例では、危険への接近論によって判断するよりは、騒音が受忍限度を超えているかどうかの判断に当たっての一つの考慮要因として、居住の先後関係が考慮されることのほうが多いです。

(3)本判決は、危険への接近法理をかなり限定的に解し、
①単に小田急小田原線の軌道に直面した場所で居住又は勤務を開始した、
②本件責任裁定申請事件の申請があった後に沿線に居住または勤務を開始した、
③移転補償金の支払を受けた上で、自己の土地を売却し、移転先として本件区間の沿線を選択した、
ということはいずれも危険への接近法理の適用の理由にはならないと述べました。

 ただ、小田急小田原線の沿線にある程度の期間居住した後に改めて本件区間の沿線に移転した原告についてのみ、小田急の鉄道騒音の被害を容認していたと推認すべきであるとして、危険への接近法理を適用しました。

 この原告についても、本件区間の沿線に移転することについてやむを得ない理由があったことを主張・立証していれば、危険への接近法理が適用されていなかった可能性はあります。

5 消滅時効
 この判決の示した「継続的不法行為は、日々新たに発生し、1日ごとに消滅時効が進行する」という解釈は、従来の圧倒的多数の判例において採用されている解釈です。

 ごくまれには、継続的不法行為について、行為の終了した時点から一括して消滅時効が進行するという解釈をとった判例もありますが(大阪地判平成1・8・7[判例時報1326号18頁、判例タイムズ711号131頁...騒音・低周波音・振動の紛争解決ガイドブック188ページ]、仙台高判平成23・2・10(判例時報2106号41頁)、「判例紹介」の「【騒音・振動】 土木工事による騒音・振動が原因で、飼育していた牛が死んだり、乳量が減少したりするなどの被害を被ったとして、酪農業者から工事の施工業者及び福島県(工事の発注者)に対する損害賠償請求が認められた事例」)、これらは特異な判例です。